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カステラ

  • freenanaseharuka20
  • 2017年5月31日
  • 読了時間: 5分

こんにちは

スイーツ科学者@友ミンです

今回はカステラについて

紹介していきたいと思います。

・カステラ

カステラ

(かすていら、漢字表記は

「家主貞良」

「加須底羅」とも)は、

鶏卵を泡立てて

小麦粉、砂糖(水飴)を

混ぜ合わせた生地を

オーブンで

焼いた菓子のひとつ。

ポルトガルから伝わった

南蛮菓子を元に日本で独自に

発展した和菓子である。

ポルトガルには

「カステラ」という

名の菓子はなく、

原型とされる

菓子もカステラとは

見た目も製法も異なる。

日本における

カステラは長崎が

本場とされており、

その「長崎カステラ」と

呼ばれるものは、

長崎県長崎市の

福砂屋を元祖とし、

長崎県の銘菓という

意味ではなく、

製法が同じものを

総称している。

正方形または

長方形の大きな型に流し込んで、

オーブンで

焼いた後に棹型に切る。

水飴を用いているので、

しっとりとした食感がある。

牛乳・抹茶・黒糖・

チョコレート・チーズなどを

加えて味付けをする変種も多い。

この他に釜カステラ

(東京式釜カステラ・東京カステラ)、

蒸しカステラ、

カステラ饅頭、

ロールカステラ、

人形焼などがある。

釜カステラは、「6面焼き」と

呼ばれるものもあり、

一つ一つの型に入れて

オーブンで焼いたタイプで、

水飴を用いないことから

さっぱりとしており、

カステラの原型に

近いともいわれる。

カステラを応用した

菓子としては、

福島県会津若松市の会津葵、

愛媛県のタルト、

島根県の八雲小倉、

長崎県平戸市のカスドース、

長崎県長崎市の

桃カステラなどがある。

長崎カステラを

洋菓子化したものとして

銀装のカステラがある。

料理としては、

岡山県(主に倉敷市)の

鮮魚カステラや、

伊達巻もカステラの調理方法を

応用したものである。

このほか、

宮城県や沖縄県の名物として

「カステラかまぼこ」

と呼ばれる

焼きかまぼこがあるが、

それぞれに料理法は異なる。

カステラを棹型に

切り揃える際に、

切り落とし(耳)が発生する。

これを袋詰めしたり、

ラップで包んだりして、

本来の製品よりも

割安で販売する場合も多い。

材料は本来の製品と変わらず、

むしろ砂糖が

蜜のように集まったり、

結晶化したりして、

甘みを増している場合もあり、

おやつなど

贈答以外の用途に購入される。

長崎県では、

これを牛乳などに浸して

食べることもよく行われる。

アフガニスタンにも

似たものがある。

・歴史

名前の由来は一般的には、

スペインの

地方名カステリヤ(Castilla)の

ポルトガル語発音で

あるカステーラ(Castela)で、

これが「かすていら」もしくは、

「かすてえら」から

「カステラ」に

なったと言われている。

また異説として、

カステラ製造過程での

メレンゲを作る際、

高く高く盛り上げる時

「城(castelo)のように高くなれ!」

と言ったことから、

カステロ=カステラと

なったという説もある。

いずれにせよ、

パン・デ・カスティーリャ

(pão de Castela、

カスティーリャ地方のパン)や、

ビスコチョ

(元は乾パン状の船乗りの保存食だったが、

16世紀末頃、

柔らかく焼き上げる

レシピが生まれている。

ただし、

当のスペインのカステリヤにも

この原型が無いという説もある。)

が由来とされる。

ポルトガルの焼菓子で

あるパン・デ・ロー

(pão de ló)が製法的に

似ていることから、

こちらを始祖と

する説も有力である。

またこれらの原型は、

中国の点心の一つであり、

マレーの地名を冠する

「馬拉糕」や、

沖縄の

「鶏卵糕(ちいるんこう)」と

呉方言のような読みをする蒸し

カステラ類と共通する

可能性も考えられる。

一般的な説では、

16世紀の室町時代末期に

ポルトガルの宣教師によって平戸や

長崎に伝えられたとされる。

当初のカステラは

鶏卵、小麦粉、砂糖で

作った簡素なものであり、

ヨーロッパの菓子類としては珍しく

乳製品を用いないことから、

乳製品を生産、

常用しない当時の

日本にも残ることができた。

カステラの製造に重要なオーブンは

当時の日本には存在せず、

オーブンに代替する天火として、

引き釜という炭火を用いる

日本独自の装置が考案された。

広辞苑にはオランダ人から

伝わったとされる説もある。

従って、

正確な伝来の詳細は不明である。

江戸時代には菓子製造の盛んだった

江戸・大坂を中心に

カステラの日本化と、

カステラを焼くための

炭釜の改良が進められ、

江戸時代中期には

現在の長崎カステラの原型に

近いものが作られている。

長崎カステラの

特徴である水飴の使用は、

明治時代以降の

西日本で始められたと言われ、

これにより現在の

しっとりとした食感となった。

西日本においては、

原型のパウンドケーキの

ようなさっくりとした

感触が好まれなかったと見られる。

伝来当時、

平戸藩松浦家において、

南蛮菓子として

カステラが宴会に出された時、

その味に馴染めず、

包丁方(料理人)が

カステラを砂糖蜜で

煮たという逸話もあり、

これが上述の平戸名産

「カスドース」の

原型になったという説もある。

カステラの製法は

江戸時代の製菓書・

料理書に数多掲載され、

茶会でも多く用いられた。

その一方で、

カステラは鶏卵・

小麦粉・砂糖といった

栄養価の高い材料の使用から、

江戸時代から

戦前にかけて結核などの

消耗性疾患に対する

一種の栄養剤としても

用いられていたこともある。

近代には水飴の使用が普及して、

和菓子らしい風味を

そなえるようになり、

ガスオーブンや電気釜の使用で、

以前より楽に安定してカステラが

焼かれるようになった。

こうした改良により各地に広まり、

第二次世界大戦後の

大量生産によって

一般に普及したものと推測される。

最後まで読んでいただき

ありがとうございます。


 
 
 
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